【「ジャンプ」の散々な思い出】

コンビニで金融や不動産の雑誌を物色していると、背後が「少年ジャンプ」だらけだ。
往年時より部数を大幅に減らしたといっても、まだこんなに売れるのかと、少し感心してしまった。
そういえば、ジャンプは40年前にチラ見して以来、読んだことはない。
中身が嫌いなわけでない。
毎週読み続けるというのは、毎週“待つ”ということであり、とにかく先を知りたい自分にとっては、それがあまりにも面倒で面倒で、ついには息苦しさ覚えるに至ったからであり、“単行本化”かつ“完結”したものはキッチリ読んだ。
そんな自分の「少年ジャンプ」の思い出といったら、もう、散々なものだったりする。
【漫画本“受難”の歴史】

1986年、大阪府堺市──。
自分は10歳の小学生だったが、小学校では「少年ジャンプ」は、持ち込みはおろか、家で読むのさえも“禁止”だった。
他の漫画はOKだったが、ジャンプは禁止だった。
理由は暴力的内容だからとか、読んだら馬鹿になるとかで、ゲーセンやTVゲームと同様の理由からであった。
まだこの時代はマシな方だった。
もっと昔は一部の漫画本は、“有害図書”として教師だかPTAだかによって校庭に積み上げられ、野焼きにされていたくらいだからだ。
文字通り“焚書坑儒”の世界である。(※さすがに著者までは埋められていないが)
【漫画はダメで小説は良いという謎基準】

中学に上がっても、漫画は校則で禁止されていて、小説は許可されていた。
自分が今書いている、このサイトの文章において「やたら“読点”が入る」のを気にしている方もいるかも知れないが、それは明らかに、漫画を禁止された代わりに、ただひたすらに、吉川英治の歴史小説ばかり読んでいた影響である。(※余談だが、吉川英治もまた、立川文庫[たつかわぶんこ]など講談モノを渉猟しているうちに、自ずと読点が多くなったのでは……と推測しているが)
もっとも、そんな小説でさえ、明治時代に読んでいたら「君、そんな低俗なのを読むのをやめ給え」と学術書や哲学本を薦められたのであるが。
【純粋という名の暴力装置】

さて、話を「少年ジャンプ」に戻すが、ある日、“事件”が起きた。
日記を壇上で読むという授業の日、それは起こった。
とある女の子が前に出て、“お父さん”と題した日記を元気に読み始めた。
内容は、大体こんな感じだった。
「わたしのお父さんは、いつもわたしと遊んでくれます。鬼ごっこしてくれたり、縄とびしてくれたり。いつも楽しいお父さんが大好きです。お父さん、またジャンプ買って来てちょん」
自分は、あっ、と思った。
最後に、「少年ジャンプ」が出てきたからだ。
だがしかし、同級生達は、それよりもっと早くに反応し、そしてその様態はもはや、ハレーションともいうべきものだった。
●男の子A「いーやや、こーやや、せーんせいにー言うたーろー♩」
●男の子B「せんせい、もう前におるでェー」
同級生にとっては、“そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな”的な蔑視の感情はそこにはなく、またこれを機に女の子をイジメてやろうという意図もなく、これはただ純粋に、虫でも見つけたかのように“わるいこと”を見つけたから激しく反応した、軽い気持ちで言ったことだったのだが、やはり女の子はワーッ!と泣き出してしまった。
【ただただ一方的に、社会が悪い】

一気にシーンとなる教室。
そして普段から面白い話をして場を盛り上げる先生だったが、これには黙りこくってしまい、爾来、「少年ジャンプ」は禁止でなくなった。
先生も、これは漫画でなく社会がおかしいと、本能的に思った瞬間だった。
ドイツ箱 コレクション2
クジャクヤママユ
【TBSニュース】
[一言]今、この時期にやるか!?ビックリ。
【NHKニュース】
[一言]内心、そう思っていたのかね……。【テレ朝news】
【よろず~ニュース】
【えごん】
【えのげ】
【オタクニュース】
【GIGAZINE】
【ゲーハー黙示録】
【ねと見!】
[一言]何かこの、“迫ってくる感”がジワジワくる!いいね。
1986年当時だと、クラスの同級生の数人が持っていた記憶。
ポーズも決めて、ノリノリだった様子。



























