【離脱20周年】

新百合ヶ丘──。
自分が20年前まで住んでいた場所で、神奈川県 川崎市 麻生(あさお)区にある。
【駅構内】

非常に久しぶりに来て、多分10年ぶりではないかと思うが、ずいぶんキレイになったもので。
上京したての頃も結構キレイな駅だったが、さらに改築されて、当時の光景を思い出せないくらいだ。
【南口】

懐かしいので、駅前にも出る。
新百合ヶ丘は北口と南口で風景がまるで違い、南口の王禅寺地区は昔からハイソで知られていた。
上京当時は“マルシアも住む高級住宅街”と教わっていた。
駅前OPAも健在、20数年前に自分が頻繁にエッグタルトを買っていた1階のパン屋は潰れていて、残念。
少し歩いてみよう。
りそな銀行奥のみずほ証券は、当時は勧角証券だったな……などと思いながら、歩を進める。
【経年でくすむ】


南口の先にはマプレ専門店街。
ここも住んでいた時は新しくてキレイだったが、20年の月日で、あちこちがくすんでしまい、一抹の寂しさ。
【セミ貼り】

マプレの階段を降りようとすると、アブラゼミとニイニイゼミが仰向けに倒れていて、死んでいるのかと思ったが、念のため触ってみると、ギリギリ生きているではないか。
寿命でなく、猛暑ダウンなら樹液で回復できるかも……と、思って2匹をつかんで、木に貼り付けてから、改めて階段を降りる。
【しょうが】

地下1階(坂下の地上)の店は軒並み入れ替わったな……と見ていたら、懐かしの店が生き残っていた!
「しょうが」という料理屋で、当時は生姜を使った料理をたくさん出してくる居酒屋で、居住末期の時代に、たまに飲みに行った。
生姜は好きなので、生姜のレシピを増やすため、今度家族で来て研究してみたいもの。
【北口】

新百合ヶ丘の“南口”はこれで終わり。
続いて“北口”へ。
こちらはハイソでなく、普通の住宅街というポジショニングだった……はず。
【いつの間に大学に?】

北口のロータリー先の坂に日本映画学校があるのだが、いつの間にか「日本映画大学」と、大学化していた。
ここは芸術・芸能が専門で多数の映画監督らを輩出する一方で、俳優科からはウッチャンナンチャンのコンビや、出川哲朗氏らを輩出している名門校である。
見た目は20年前と変わらない。
【アートな交差点】

坂を下りながらファミマの生存を確認、下りきった交差点は、ずいぶん拓けた感じ。
川崎市アートセンターなどなく、ここは林か荒地だった。
イマイチ川崎とアートが結びつかないが、一応、市のシンボルマークは岡本太郎デザインなので、まんざらデタラメでもない。
【登山口】

交差点を渡って左折して、階段式の“丘への登り口”を見つけた。
20年前はスロープ、かつ方向も左斜めに上がっていったので、再開発されて道も変わった模様。
ここしか登り口がないので、上ることに。
【拓かれた5合目】

階段を上りきると、あるはずのない住宅地、そしてあるはずのない車道と交差点!
ここは昔は、丘の林の中だった、人が通る場所ではなかった。
……ここは何もなかったはずだ。
ごく一部、反対側から人ひとりが通れるくらいに細い道があり、古家が1~2軒あった程度。
夏場に通ると、ナスとキュウリの精霊馬が地面にポンと置かれていた。
【ハイソ化する北口】

そんな古屋も小径ごと消え去り、全部新しく家々、新しい車道に変えられてしまった。
この地区もどうやらハイソになるようだ。
あまりの化けっぷりに“コンクリートロード”より、「平成狸合戦ぽんぽこ」でタヌキの「人間どもはタヌキだったんだ!」のほうを思い出していた。
ここは多摩センターへ向かって伸びる多摩丘陵地の一角だが、あと数十年で林なんて全部キレイ&サッパリ、消えてなくなってたりして。
【昔の名残り】

さらに坂を上がると、左手にさらに上に登る道が。
ここの脇の茂みは覚えがある。
ここの茂みに向かって、下から車1台が走れる程度の坂道が、もっと左側から伸びていたのだ。
全部、変わってしまった。
【マムシロード】

その坂を上がりきると、丘の上の地区へつながる道が。
この道は20年前もあった。
昔、ここの少し下の方、今はない坂道を通っていたら、やたら人が溜まっているのに行き当たった。
みんな立ち止まっていて、誰も上ろうとしない。
いったい何やってんだと、自分が率先して上ろうとして、自分もピタッ!と足が止まってしまった。
何と、道のド真ん中で「マムシ」が日光浴していたのだ!
しかも、人が近づいても、逃げようとしない。
これは怖い! 誰も通ろうとしないワケだ。
しかし、どうしたものだろう……。
5分待っても、マムシは動かない。
これ、どうしよう、日が暮れてもココ、通れないじゃないか。
10分後、ようやく事態が動いた。
坂の上から軽トラックが下りてきて、さすがの厚かましいマムシも轢かれまいと、スーッと脇に滑っていき、林の中に消えていったのである。
……20年後の今、マムシはほとんど絶滅したのではないか?
【頂上へ】

丘の上の地区に到達。
お気に入りの“赤屋根の家”が今も健在で嬉しくなる。
さらに地区内を進んで、ついに目的地に到達!
【旧・わが家に到着】

20年前に自分が借りていた家に着いたのだ。
プライバシー上、画像は載せないが、小さいながらも2階建の家である。(※悪路×丘の上というデメリットから、当時、掘り出し物価格の家賃だった)
1階リビングにはアストロシティ(アーケード筐体)を置いてシューティングの練習をしたり、コーヒー飲んでベッドにゴロンとして攻略パターンを思索したりしていた。
2階は、寝室は当時森だった近隣から頻繁に虫が飛び込んできて厄介だったが、和室のベランダからは、丘の下の素晴らしい景色が一望できて、ベランダに出て椅子を置いて、よくボーッと眺めていたものだ。
だがそんなある日、事件が起きた。
米軍のF-15戦闘機が突然飛来して、我が物顔で上空で演習、急降下する時に雷のような爆音がして、あまりの切り裂き音にビックリ仰天、そのまま椅子を倒しながら、ベランダから部屋にベタン!と倒れ込んだのである。
あの時の屈辱は、今でも忘れない。
今や「トップガン・マーヴェリック」で大人気の米軍戦闘機だが、自分にとっては高慢かつハタ迷惑な闖入者でしかない。
もっとも、マーヴェリックの主人公が乗っていたのはF/A-18 スーパーホーネットだったが、こちらは自分が「ストライカーズ1999」(アーケード)で全国一位を獲ったことのある機体だったという極めて現金な理由で、嫌いではない。
……とまあ、いろんな思いが思い出されてきて、いい家だったなと改めて思った。
F-15戦闘機(米軍機)

【NHKニュース】

【NHKニュース】

【TBSニュース】
[補足]小学生、後遺症で髪の毛が抜け始めた。ほぼ寝たきり。

【TBSニュース】

【えごん】
[一言]まだ発見されるのに驚き。

枝豆にラーメン、これはもう、ビールも出てきそうな勢い。(※なぜか自分が飲みたくなる)

【えのげ】

【まいにちニュース】
[一言]P-51ムスタングが、綺麗に整備されている……形を見ただけですぐに機種がわかる。「ストライカーズ1945」(アーケード)ではスピットファイアだけでなく、P-51ムスタングでも全国一位になったことがある。

【まいにちニュース】
[一言]カプコンの「1942」(アーケード・ファミコンなど)でも、名前は変えられているが、橘花と見られる敵機が飛んでくる。基本的に自機は画面左右でなく、中央をキープして、極力上下メインで避けるようにすれば、早めに殲滅できる。

【オタクニュース】
[一言]夏祭り、息子らを連れて行ってやりたい……。
【VIPブログ銀河】
[一言]縮毛矯正も併せてやるから美容室で9,000円。
【はちま起稿】


【ゲーハー黙示録】

【Y速報】

