2012年10月6日の日記です。

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いつの日か医学が進歩し、
アレルギーが治るようになれば、
この“エノキ入り味噌汁”を飲むんだ
…と言いながら死んでいくんだろうな、
と思っていた。(※先月)

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 先月6日に「大豆アレルギーになった話」をしたのだが、実はあれから大変なことになっていた。

 9月5日に豆乳でアレルギーを起こした時はそれほどでもなかったが、翌6日には全ての大豆食品でアレルギー反応があると分かった時、事の深刻さをようやく理解し、呆然としたのだ。

 朝食の味噌汁を一口飲んだ瞬間、ビリビリビリっと喉に電撃が走り、ものの数秒で腫れ上がり、動悸が激しくなった。

 まさにアレルギー症状で、“アナフィラキシーショック”の一歩手前だ。
 味噌汁はそのまま捨て、電話を横に置きつつ安静にして様子を見て、何とか事なきを得たが、危険な状況だった。

 喉の腫れが完全に引くのには、半日かかったが、陰鬱な気分は一日中続いた。

 数年前は「蕎麦アレルギー」になったが、これは蕎麦だけ諦めればよかった。
 しかし今回の「大豆」は食べられなくなるものが、あまりに多かったからだ。

 まずは日本人の基本である「味噌」「醤油」「豆腐」「納豆」が全滅。

 さらに大好きだった「ラーメン」「カレー」もダメになり、「ほとんどの惣菜」「ほとんどの洋菓子」「ほとんどの和菓子」も買えなくなり、牛丼屋や定食屋などの外食も全部ダメとなったのだ。

 つまり世の中の食品は、何かしら醤油や大豆油が入っている食品だらけであるため、これだけ大量の食品が一斉に食べられなくなったというワケなのだ。

 当然、その喪失感の激しさは生まれて初めてのものだった。
 しかしそれ以上、初めて食事を“怖い”と思った。


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大豆アレルギーになった初日。
必死さが液晶画面に走っている。

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 9月6日を境に、生活は一変した。

 「味噌」「醤油」などの大豆食品をひたすら“ゴミ”として廃棄し、代わりにバカ高な「ノンアレルギー醤油などの代替品」を買い集める日々が始まった。

 ヒエだけで作った「代替味噌」は驚くほど不味かった。
 これで一生を過ごすのかと思うと、鳥肌が立った。

 不毛な食事が済むと、すぐに食物アレルギーの勉強を始めた。
 集められるだけの情報を集めると、分析を開始するという「競技ゲーマーとして培ってきた定石」をここぞとばかりに発動した。


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大豆アレルギーを発症して、
液体味噌を流しに捨てる時の絶望感たるや…。

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 ところが、それをあざ笑うかのように、翌日から大豆以外でも「新たな食物アレルギー」が次々と発現し始めたのだ!

【大豆】    2012年 9月5日
【オレンジ】  2012年 9月7日
【バナナ】   2012年 9月7日
【ジャガイモ】 2012年 9月7日
【茶カテキン】 2012年 9月8日
【パーム油】  2012年 9月9日
【大麦】    2012年 9月10日
【乳製品】   2012年 9月13日
【トマト】   2012年 9月14日

 記録を取り、分析を加えながらも、次々と発症していく食物アレルギーに、恐怖した。

 近い将来、ほとんど全てのモノが食べられない日が来るのではないだろうかと思うと、死の淵が見えた。

 栄養不足による病気で死ぬのか、あるいはアレルギー食品を誤って食べ、アナフィラキシーショックによる呼吸困難や血圧低下による心不全で死ぬのか。

 「遺書」を用意することにした。


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「カップ麺」も麺を大豆油で揚げているため、
諦めねばならなかった。

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 しかし一方で、「どうしても分からない事」があった。

 なぜ、こんな短期間にさまざまな種類の食物アレルギーを発症したのかということだ。

 短期間でこんなに数多く発症したことも過去になくて不自然だったし、それ以上にアレルギーを起こした食品の中におかしなモノが混ざっていることに、最大の疑惑を抱いた。

 食物アレルギーが大量発症した理由として1つ考えられるのは、「花粉症との連鎖反応」である。

 つまり、「花粉症を持っていると、それに対応した食品でアレルギーが起きる」(交差反応)ということなのだが、その食品は、先述の「【大豆】~【トマト】の発症リスト」で分類してみると、[A群]と示した食品が該当食品である。

【大豆】    2012年 9月5日 → [A群]
【オレンジ】  2012年 9月7日 → [A群]
【バナナ】   2012年 9月7日 → [A群]
【ジャガイモ】 2012年 9月7日 → [A群]
【パーム油】  2012年 9月9日 → [A群]
【トマト】   2012年 9月14日 → [A群]
【茶カテキン】 2012年 9月8日 → [B群]
【大麦】    2012年 9月10日 → [B群]
【乳製品】   2012年 9月13日 → [B群]

 このようになり、[A群]においてはアレルゲンのたんぱく質が酷似しているので、これらが短期間で一気に発症したというのはまだ理解できる。

 ところが表を見てわかるように、発症リストには[B群]というのもある。

 [B群]については、自分の花粉症由来のアレルギーではない。
 この短期間の間に、こんなに都合よく[B群]の食物においてもアレルギーが起きるのか?

 それは自分にとって「あまりに不自然な現象」だった。


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命に危険が及んだ時、すぐ飲めるように
「ステロイド剤」はいつも手元に。

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 そこで自分は医大病院のアレルギーを扱う診療科で受診することにして、早速この疑問を担当医に尋ねた。

 つまり…

 「極めて短期間に、物凄い数の発症があったが、なぜか?」
 「花粉症との交差反応がない[B群]まで発症したが、なぜか?」

 …という質問をした。

 ところが担当医は、自分の質問にマトモに答えられず、ただ「対象食物を今後一切食べるな」と言うだけで、全く埒が明かなかったのである。

 自分は担当医の学力にサッサと見切りをつけ、いくつかの治療法を自分で試すことにした。


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食べられる和菓子は、お供えの「落雁」のみ。
何とも縁起悪い!

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 というのは、今回のアレルギー症状について、途中から自分は「一時的なものではないか?」と思い始めていたからだ。

 それはアレルギーから“近いうちに”解散…いや失礼、解放されるという意味であるが、決して希望的観測なぞではなく、しかもそれが確信に変わった瞬間があった。

 それはある日、水を飲んでもアレルギー反応が出た時の事だった。

 “水アレルギー”というのは、世界で30人に満たないアレルギー症状だ。
 10万人に1人なんてレベルじゃない、“2億人に1人”である!

 …さすがに自分がそれになるとは、確率的に考えにくかった。

 これが契機となって、もし“アレルギー物質でないモノ”に対してもアレルギー反応が出るとするならば、それは「免疫システムが暴走して、来た食物にあたり構わず反応しているのではないか…」と疑い始めたのである。

 事実、[A群]のみならず[B群]も、そして「水」にまで、短期間かつ法則性なしにアレルギーを起こしてるワケなので、むしろ“一時的”な免疫異常のほうではないだろうか、と考えたのだ。

 もしこれが“正統な食物アレルギー”でなく「一時的な免疫異常」ならば、その免疫システム暴走さえ修復できれば、また“近いうちに”大豆を含むこれらの食物群が再び食べられる日が来るという事ではないか!

 そう思うと俄然、心が躍った。

 もっとも食物アレルギーは、基本的には“永続的なモノ”であり、自分が予測した「一時的食物アレルギー」など、そんなもの存在するんか?という疑問もあったが、結局「一時的な免疫異常」と考えるのが一番辻褄が合うので、今回は自分の予測を信じることにした。


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買い集めた「代替品の味噌・醤油」。
「しょっつる」だけは傑作!
刺身はコレで…。

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 その日から自分は、免疫システムの暴走を修復するために「免疫力を上げる」努力を始めた。(※主に整腸による)
 それは錠剤服用や食生活の改善、そしてストレスから極力遠ざかることだ。

 この際だから正直に言うが、実はここ数か月、仕事でひどいストレスを抱えていて、かつ自分が今回の「不自然なアレルギー」を発症した時も、まさにそのさなかだった。

 ストレスは免疫力の大敵なので、「原因」はおそらくこれだと思う。
 なのでそこからは、極力前向きにモノを考えるように努力したのだ。

 とまあ、細かく努力する一方で、アレルギーを起こした食品をごくわずかに摂取して、その反応をキチンと確かめていった。

 …2週間に及ぶ、短くも長い戦いだった。

 どうやら、自分の予測は当たっていたようだ。
 徐々にアレルギー反応が弱まっていくのが分かった。

 そして数日前、ついにアレルギー反応が消えた。

 1口でダメだった味噌汁をまるまる1杯飲んでも、豆腐を食べても、[B群]の乳製品を摂取しても、もはやアレルギー反応は起きなくなった。


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 ということで、免疫低下によってシステムが暴走し、「一時的食物アレルギー」に陥ったということで、ほぼ間違いなさそうだ。(※さすがに専門家ではないので、“断定”まではしないが…)

 アレルギー反応が消え、もちろん自分は嬉しかったが、その中でも一番の喜びは、データを取って分析し、疑問が発生し、そこから導き出した予測が当たっていたことだろうか。(※ゲーム競技に感謝したい)

 それにしてもまあ、「一時的食物アレルギー」なんていうのがあるなんて、今回の件がなければ想像もつかなかった。
 幼児期と違い、成人期に発症したモノに関しては、“一生続くものばかり”だからだ。

 もちろん、また過度なストレスに晒されたら再発もあり得るので、今後においても気を抜けないが。