爆弾低気圧に1人巻き込まれ、死にかけた!

2008年7月12日の日記です。

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11月に栃木に支店が出来るとか。
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 さて、昨日は昼から三田の「らーめん二郎」(本店) へ!
 前回の日記に書いた店で、どうしても行きたくなったので、早めに行くことに。

 電車で行こうと思ったが、この日はいいことがあると思って、自転車にした。
 杉並区から笹塚、代々木、渋谷、恵比寿、広尾、麻布と、極力裏道を通って行くと、意外と電車で行くより早く三田の 「二郎」 (慶応大学正門付近) に辿り着いた。

  「二郎」 は、三角形のビルに入っているが、その三角形の2辺を埋め尽くすような行列が出来ていて、さすがというところ。

 並んでみて驚いたのが、土曜なのに、慶応大学生の多さ。
 レポや教授や中庭の話や、サブプライムローン問題はむしろ日本にとってはチャンスとか言ってるから、明らかに慶応大生だ。前も後ろもそれ。
 しかし平日並に並んでるとは・・・もはや11個目の学部か?

 結局1時間並んでやっと店内へ。お世辞にも広いとはいえない。どのくらいの狭さかというと、とても厚かましくなった鳩が、店内裏口から表口へ歩いて10秒で横断していったくらいだ。

 創業者のオヤジさんはとても気さくで優しそうだが、一方で建材のような角棒でスープをかき混ぜる姿があまりにもカッコイイ!

 程なくして、ラーメンが出てきた。


◆        ◆        ◆


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ぶたダブル・ヤサイ (※ヤサイは無料増し) 。
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 もともとの量が物凄いので “ヤサイ多め” とかはやらないつもりだったが、オヤジさんの姿を見ているうちに、ついヤサイ (多目) といってしまった。すると写真のようになる。

 写真だと分からないが、この器は結構大きめで、それなのにこの盛り方である。一言も “大盛り” とは言っていない。

 また、ヤサイでほとんど隠れてしまっているが、この下には何枚ものブツ切りの豚バラ肉が転がっている。
 そしてさらにその下には、極太の麺がビッシリと敷かれている。

 食べるとさすが本店、美味い。
 やっとのことでスープにたどり着けたがこの独特の甘辛さは、どこにもない。だからこその人気なのだろうが。

 ・・・しかし何といってもこの量! 半分くらいで、ほとんど箸が進まなくなってしまった。こんなことに陥ったのは、5年以来だ。5年前の 「二郎・町田店」 以来だ。

 やむを得ない、と取り出したのはコンビニの袋。そこに2枚豚バラを入れてカバンにしまい、残りを何とか食べようとする。

 ・・・だがそれでもダメだった。残さざるを得なかった。

 器をカウンターへ戻して出て行く時、左右や行列に並んでいる常連の、負け犬に対して容赦なく注がれる冷たい視線が・・・ということは一切なかったが、それでも敗北感でいっぱいだ。

 食べながら別の客の注文で分かったが、「麺半分で」 という注文も出来るようだ。
 確かになあ、と思う。

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『らーめん二郎』 (本店)


 おいしかった!・・・・・・86点 (/100)
 ボリューム十分!・・・・100点 (/100)
 居心地いいよね!・・・・70点 (/100)
 この値段ならOK!・・・97点 (/100)
 個性的だよね!・・・・・・98点 (/100)

★ 合計 : 「451/500」点!! (平均90点)★


※合計点数400点以上=「オススメ!」
     399点以下=「・・・別に。」
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 百点は永遠につけるつもりはなかったが。
 理由は自分が食い切れなかったからで、もういいと思った。


◆        ◆        ◆


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 さて、もと来た道を帰るか、と広尾を抜けていくと左隣を 「渋谷川」 が流れている。 渋谷川の水は臭く、一呼吸でもするものなら人生損した気分になる。
 うざい渋谷川。二度と通りたくない、と思っていると、突然パラパラと大粒の雨が。

 どうやら夕立のようで、傘で凌ぐ。

 ほんの2分ほどで上がったので、早く汚い渋谷川エリアを抜けようと、恵比寿南まで来た時、とんでもないことが起こった。


◆        ◆        ◆


 突然雷が鳴りだし、20秒ほどで物凄い雨風となった。

 しかしそれは、ただの雨風ではなかった。

 いきなりの突風で、わずか2秒で傘が飛ばされ、大通りのトラックに轢かれ、自転車は前に進まなくなった。

 普通、突風とはすぐに終わるものだ。しかしこれは突風ではなかった。ずっと吹き続ける暴風だった。こうなると自転車を立たせることすら出来なくなり、やむなく転倒させて放棄、近くの円柱に身を寄せるしかなかった。
 それでも狂ったような暴風から完全に逃れることは出来ずあっという間に全身びしょ濡れになり、ほんの1分でこれ以上水分を保っておけない状況までになった。

 円柱を盾にしても何度も飛ばされそうになる。暴風は止むどころか激しくなり、もはや雨は真横にしか降らない。

 正直、こんな暴風を受けたことは生涯初めてだ。よく台風中継で、レポーターがボロボロの傘を指しながら絶叫しているのを見るが、それどころでない。なぜなら傘など持てる状況にない。立てる状況にない。
 自動車以下のもので、自分の周囲で立っていられるものは何もなかった。その自動車でさえ、あまりの風の威力に、ノロノロとしか動けない。

 ちょうどその時、交差点の向こうからスーツ姿の男が飛ばされながらながら来た。
 大の男なのに泣きながら 「タクシー!タクシー!」 と叫び続け、果ては這うように道路に飛び出してタクシーの前に立ちはだかり、無理矢理中へ倒れ込んだ。
 またその直後、自分が張り付いている円柱の裏から女の 「死ぬ!! もうやめて!」 という悲鳴が聞こえてきて、こちらも一瞬の風の隙を突いて、道路に飛び出し、ノロノロ運転のタクシーのドアをこじ開ける勢いで乗り込んでいった。

 自分もタクシーに乗りたかったものの、自転車を置いている (こけている) 以上、乗るわけにはいかなかった。

 しかしその判断が、さらに恐ろしい結果へとつながることになるとは、この時想像していなかった。


◆        ◆        ◆


 2、3回雷が鳴ったと思えば、この暴風がさらに激しくなり、円柱に張り付いているのに吹き飛ばされそうになった。

 必死に踏ん張りつつも前後左右を見てはじめて、自分が立っている地形の恐ろしさに気づいた。

 この場所は “もっとも風を集める場所” だった。そしてここにいるのは自分1人だった。

 ここには、まず自分がいて、背後に円柱があり、その後ろを歩道、さらに後ろを 「渋谷川」 が流れている。
 そして前が 「明治通り」 という広い道路となっていて、風は常に明治通りに向かって吹く。
 さらに自分の左後ろを、明治通りにクロスする太い道路が走っていて、悪いことに “上り坂” となっている。
 その上もっと悪いことに、自分の背後の上を、「高速道路」 が走っていて、風は後ろの坂を下り、高速道路で集約され、さらに渋谷川から発生する乱気流を吸収して、円柱に向かって襲いかかっているのである。

 もはやこうなると、台風をはるかに越える暴風が雨と水蒸気を、異常なまでの速度で運んできて、周囲は真っ白となる。

 渋谷川から多量の水蒸気が上がっては自分に吹き付けてきたが、もはや汚い、一呼吸もしたくないなどと言っていられない。何せ、呼吸そのものがほとんど出来ない。
 そしてついに視界ゼロとなった。

 ほとんど呼吸できず、いつ飛ばされてもおかしくない状況に、初めて自分は 「死」 を意識した。

 地形にハメられた。こんな形で敗死するのか、これが終わりなのか。

 そしてこの理解を超える暴風に、近くで核戦争が起きた結果こうなった、ということさえ信じようとしていた。
 まだ商談が3件も残ってるというのに・・・でももう終わるから、無理だから。
 それにしても最後の思い出が、よりによって二郎とは・・・。

 この後、一瞬にして死が訪れることになるんだろうか、他の多くの人もこんなことを思いながら死んでいったんだろうか、とつらつら考え始めた時、遂に暴風が弱まった。
 それとともに呼吸が回復し、これなら・・・! と思った。

 3分くらい経って、やっと暴風が止んだ。
 大粒の雨はまだ残っていたが、今のうちに、と自転車を起こして近所の会社ビルの1階屋内駐車場へ逃げ込み、雨宿りをした。

 ちなみに上の 「雨の写真」 は、暴風雨が止んでからこの屋内駐車場から撮ったもの。
 暴風のさなか、つまり死にかけている時は、写真のことなど考えも及ばなかった。


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 この恐るべき (特に自分が立っていた地形上では) 暴風が止んだのは3時45分くらいだった。
 自分はぐったりしていたが、急にベランダに干していた洗濯物が気になり始めて、気をふりしぼって帰ることに。

 代々木あたりまで来ると、あの暴風雨は何だったんだろう? と思うくらいの穏やかな天気。そして家のある杉並区まで来ると、これはどうしたことか・・・!! 雨が降った形跡がほとんどない!

 馬鹿な・・・と思って帰宅し、ベランダに出てみると、洗濯物が飛ばされて消えることもなくキチンと吊るされていて、しかも乾いている!

 こうなると洗濯物の無事を喜ぶよりは、これでは自分の苦労は・・・いや、下手したら自分が嘘をいっているかのようではないか、という不安に一気に駆られることとなる。

 いや、このままでは明らかに嘘つきだ。明日にはほとんど誰にも信用されなくなり、100年後には、「あそこは “ウソ神憑きの家” じゃから、行ってはならん」 と言われ、200年後、地球が滅び、新たな惑星に移り住み、人類のほとんどがミュータント化した都市において 「コノ エリア ニハ、嘘ツキ ノ 子孫 ガ 収容 サレテイル。ワレワレ ガ 使役 シテイル」 などと言われているのだ! まったく何ということだ・・・。ミュータントかエイリアンかは知らないが、勝手なことをしやがって!

 さすがにこのままではいけないと思い、またどうしても納得できないので、当HP右上の 「天気予報ブログパーツ」 をクリックして15時以降の詳細を調べてみた。

 そして大方の原因が、分かった。

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爆弾低気圧か?
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 ちょうどこの時間に、まさに局地的に 「低気圧」 が急発生し、物凄い雨を降らせて一気に海上に抜けて行っている。
 そしてこの一番荒れた、赤い部分こそまさしく恵比寿・・・! そしてその中でも最も悲惨な場所にいたのが自分1人!!

 原因が分かってホッとしたのか、全身雨と渋谷川の汚水でまみれた服を着替えた後は、1時間くらい呆然としていた。

今日はフジテレビさんの取材

※2008年6月10日の記事です。

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 昼の1時くらいに作業をしていると、電話がかかってきた。

 取引先からの電話だろうか、と思って受話器を取ると、何とフジテレビさんだった。

 話の内容は、先日起きた 「秋葉原通り魔事件」 で使用されたダガーナイフとゲームの関係についてであり、軽く電話口で打ち合わせをし、改めて2時に電話をいただくことで、一旦切った。


◆        ◆        ◆


 はたして、2時キッカリにまた電話がかかってきて、3時に作業場まで取材に来てくれることになった。
 なかなか速い展開だな、と半ばあせりながら作業場の掃除を始める。

 ここのところサボっていたので、かなり慌ててやる。テーブルの上には昨日の記事で使った 「夕刊フジ」 なんかも転がっていたので、サササッと棚の下に滑り込ます。

 なんだかんだいって掃除に1時間かけていると、インターホンが鳴った。本当に3時キッカリに、この分かりにくい地形の果てにある作業場まで来たのである。
 この辺の捜査能力はさすがTV、恐るべし。


◆        ◆        ◆


 ドアを開けると、取材記者とカメラマンの計3人がいらしていて、かなり大きな3脚つきTVカメラ (2,000万円くらいするのでは?) 持参という、本格的なもの。
 作業場の中に3脚を設置すると、撮影補助用ライトを焚き、自分の胸元に小型マイク、腰に長方形の機材 (マイクの本体部分?) を取り付ける。よく芸能人がスタジオで取り付けているアレである。
 準備が完了すると、いよいよ取材が始まった。


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 質問内容は、ほぼ1点で、「秋葉原通り魔事件」 で使われたダガーナイフは、ゲームの世界ではどういう扱いなのか? ということだった。
 自分が答えたのは以下の内容だった。

 「ダガーナイフは、FFなど多くのゲームで登場する、初歩的かつ強くもなく、ありきたりな武器である。したがってダガーは、ゲーマーが憧れるような存在ではなく、この武器に触発されて現実世界で犯罪を起こしたとは、到底考えにくい」

 この内容を、何カットもニュアンスを微妙に変えながら、10分ほど繰り返す。結構丁寧な作業なのである。
 この質問を撮り終えると、補助的な質問や、会話しているところの映像などを5分ほど収録し、終了。
 質問が限られていたとはいえ、あっという間の早業で、ある意味感動的だった。


◆        ◆        ◆


 最後に、この取材はいつ放送されるのかを聞いたところ、何と夕方の 「FNNスーパーニュース」 だという!
 いくら迅速に取材が終わったとはいえ、この時点で昼の3時30分だ。ニュースの枠は4時53分から7時前まで。間に合うのか・・・?

 一抹の不安を抱えながら、お疲れ様でした! と言って、見送った。


◆        ◆        ◆


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「FNNスーパーニュース」 より (フジテレビ・10日) 。
(クリックで拡大)

 これが何と間に合っているのだ!
 取材終了からわずか2時間26分後のO.Aである。

 よくTV局の裏側を取材した番組で、スタッフが 「テープ通ります!」 と叫びながらHDをダッシュで受け渡ししている姿が映されているが、何か分かった気がした。

 ただ一点、O.Aでは、先の内容の一部、「ダガーナイフは、『FF』 など多くのゲームで登場する、ありきたりな武器である」の部分のみの紹介で、そこが少し残念といえば残念だった。

 これだと、「ダガーがゲームで多く登場する武器だから、その親しみやすさに触発されて犯罪に至りやすい」 という曲解に至る可能性がゼロではなく、「ダガーのような弱く平凡で、ありきたりな武器では、触発すらされず、犯罪に至ることは考えにくい」 という本来の趣旨がなかなか伝わりにくい。

 当日は、加藤智大容疑者の両親の会見が始まるというスクープが流れ込んできたこともあり、それによってこちらの枠が減ってしまったことは仕方ないが、今度はもう少しじっくり話してみたいと思った。

 ゲーマーが社会で認められるということは、歴史的背景および現代における社会情勢から鑑み、一朝一夕で出来る事ではない。
 だからこそ、これからも倦まず弛まずの努力が必要なのである。


 まあそれにしても、取材要請からO.Aまで5時間かかっていないというのは、自分にとっては驚異的で、仕事内容の素晴らしさに頭が下がる。


「九十九里浜」 で泳いできた。 しかし

2007年8月19日の日記

 昨日は会社の同僚達と「九十九里浜」(千葉県長生村)へ保養へ。
 自分にとって、海水浴は12年ぶりで、本当に行っていなかった。だから物凄くワクワクするし、今日はとても楽しい海になるに違いない・・・!



◆        ◆        ◆


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九十九里浜――千葉県長生村の海岸(外房)。

 これが九十九里浜。

 残念だったのは、前日までの狂った暑さとは打って変わって、この日の天気が曇りがちで、今ひとつ夏らしさを感じられなかったことだ。
 それでも強い海風と、潮の香りがするから、否応無く気持ちは高揚してくる。
 着いて早速、「浜辺で海を眺める側」と「泳ぐ側」の2グループに分かれたが、自分はもちろん海へ。

 入るとやはり水が冷たい。
 さらに予想以上に波が高い。

 これは外洋に面した“外房の海”というだけではない。

 ほんの数日前に起きた500人もの大量の命を奪った「チリ大地震」大津波の余波が太平洋を横断して、ここ千葉くんだりの九十九里にまで到達しているからのようだった。

 12年前、和歌山の白浜の海で泳いだ時とは比べ物にならないほどの海の荒れ方だ。

 そんな事情もあり、最初は慎重に泳いでいるわけだが、やはり久々の海水浴、押し寄せる波にブチ当たっているうちに楽しくなり、さらに大きな波を求め、あたかも磯幽霊に吸い寄せられるかのように、沖の方へ移動していった…。


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いつもより波が高い(浜辺でさえ、この高さ)。
そのことが後で、悲劇へとつながることなど、知る由もない…。

 足がつかないあたりまで泳いでいくと、ここの波はサーフィン向けではないにせよ、かなり大きく、最高だ。
 波にぶち当たるたびに、これが自然の猛威かよHAHAHA…と感動できる。

 とまあ、そこまでなら良かったのだが、ここで自分は何を思ったか、ただただ「“自然の猛威になす術がなかった”とばかり報道する最近のTV番組は何か気に入らねェ…少しくらい抗ってみせろよ!」という、今となってはどうでもいい思念がフツフツと湧いてきて、「今押し寄せてきている大波にどれだけ吹っ飛ばされずに持ちこたえられるか?」という“結局TV番組みたいな企画”が頭の中で発生してしまい、早速やってみようということになった。

 ……俗にいう、“魔がさした”というやつだ。

 早速次の波で、あえて正面衝突する形で突っ込み、どれくらい押し流されないか試すと、意外といい感じで持ちこたえられる。
 次の波、そしてその次の波でも、いい感じで抗えている。体のフォームなどをその場で何パターンも作り、効果的な波への抗い方を次々構築していく。
 これも結構面白いな…と、そう思い始めていた頃である。


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 しかしその次の波が、「津波」かと思うくらいの超特大の高波であった…!

 よし、ちょっと怖いけど頑張って立ち向かうぞ、と突っ込んだところ、今までにはないとんでもない力が体当たりしてきて、自分はそのまま家の2階くらいの高さまで跳ね上げられ、そのまま4回転くらいしながら45度先の、今度は異様に低くなった海面にパシーン!と叩きつけられた。

 叩きつけられた瞬間、 自分は目から星を出しながらも「安藤美姫みたいだ」と思った。

 だが余裕はそこまでだった。

 突然、左足ふくらはぎに鋭い痛みが走り、すぐさま全く動かなくなってしまったのだ…!
 途端に今まで何のことなく浮かんでいた体が、徐々に海中へ沈んでいくではないか!!

 ああ何ということか! …残った片足では思ったより、浮力を確保できない。
 どうしよう、ああどうしよう…と慌てているうちに再び大波が来て跳ね飛ばされ、さらに体制を崩す。

 このままでは溺れてしまう、本当にヤバイ!!


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 周囲を見渡したが、同僚を含め、他の海水浴客はもっと浜の方で、子供みたいにピチャピチャ遊んでいる。

 …となるとライフセーバーしかいないわけだが、こんな時なのにどこにいるのか分からない。
 波の壁に阻まれ、見えないからだ。
 それに何より、あまりに動転したために声も出ない!

 辛うじて浜辺は見えたが、陸組の同僚達は「中野君は何か楽しそうなことをやっていてイイ感じだな!」といった目で眺めている……最悪だ。

 ここで死ぬのか…という、この期に及んでは極めて現実的な妄想が、頭をよぎる。
 友達からは、ゲームのハイスコアに命を懸ける「スコアラー」だけに攻め過ぎた……と没後にネタ化されるのだろうか?

 一方、マスコミの方はどうだろう?
 「ゲーム感覚で波に抗い、それが命取りとなった…もちろん彼の趣味はゲームだった」 などと報じられてしまうのだろうか? もしそうだとしたら、自分は最後に非常にまずいことをしたかも知れない!

 …いやいやそれ以前に、単に「今日も海の事故――全国各地で死者3人」と1、2分報じられて終わりかも知れない。
 それもまた癪ではないか!


◆        ◆        ◆


 そう考えている僅か10秒くらいのうちに、「何とか生還しなければ、生き残るパターンを作るのは特に上手かったでしょ! ゲームで」…という気持ちが強くなってきて、今この場で生還のためのパターンを作ることにした。

 だがこのパターンは“試せない”。
 なぜなら1回こっきりだからだ。残機もなければ、追加クレジットもない。絶対に成功させなければ、自分の中の全てが無に帰する以外にないのである。

 それに死へのカウントダウンが既に始まっている以上、あまり時間をかけていられない…!

 時間にして5秒くらいだったろうか、自分は1つのパターンに賭けた。
 それは、「あえてゆっくり浜辺に戻るやり方」だ。

 早く帰れればそれに越したことはないが、その分動きが大きくなり、浮力を得にくくなる。
 そこで波の比較的穏やかな時に浜へ向かって進み、波が来たらあえて“抗わない”方法だ。

 足がつかないとはいえ、それほど沖に来ているわけでない。このまま沈まないで少ない浮力を何とか維持し、ある程度距離を稼げれば、足がつく場所まで行くことは可能なはずだ。

 とにかく沈まないように慎重に片足で泳いでいき、1メートルごと着実に進む。なかなかいい感じだ。
 波が来るとまた2、3メートルは沖に戻されてしまうのだが、気にせずそれ以上の距離を稼げばどうということはない。
 全てはゲームのパターンよろしく、“割り切って”考えるんだ!!


◆        ◆        ◆


 こんな感じで自分はパターン通り、浜へ向かって進み始めた。

 しかし残念ながらというべきか、ここでもゲーム同様、ランダム要素が生じてしまった。
 この 「命のかかっている場所」 で!

 磯幽霊は次の波で、再び特大のものを投げてよこした。
 こうなると一気にパターンは崩れ、再度上まで持ち上げられたかと思うと、そのまま下へ、そして今度は海底まで一気に叩きつけられた。
 海底の砂が自分の顔から上肢にかけて、激しくこすれてくる。

 思わず少しだけ目を開けてしまったが、そこは“砂煙の灰色の世界”だった。
 …恐怖に駆られた。 <


◆        ◆        ◆


 ところがである!
 波は海底部分ではそれほど荒くなかったのだ…。

 そこで自分はパターンを変更し、この先10メートルは浮上せず、このまま「海底を進むこと」にした。
 というのは、海底は意外と海の流れがキツくなく、進みやすかったからだ!

 とはいえ、海面でなく海底を進むのは非常に勇気のいることだったが、それでも腹を括って海底を進んでみると、やはりスイスイ進めるみたいだ!

 …と、その時、自分の手には“何か”が握られているのに気づいた。

 それは石のようなもので、どうやら先程海底に叩きつけられた際、防御反応で海底を何度も掴んだ時に手にしたようだった。
 捨てようかと思ったが、この時は“手の開け閉めすら慎重に行わねばならけない状況下”に置かれていたので、あえてそのまま掴んだまま、先へ進んだ。


◆        ◆        ◆


 するとどうだろう、その先は更に順調に進め、息継ぎのために海面に上がると、そこもまた、穏やかになっていた。
 自分はこの時とばかりに、少しだけ加速して浜へ向かい、ほんの15秒で足がつくところに戻り……そして1分半後、ついに浜へ生還したのだった!!

 浜の同僚は、自分の手に握られていた貝のような石を見て「お土産?」とたずねてきた。
 手にしていた石は「命の石」ともいえるありがたさが少しだけあったが、もはや危険なことはしないと決めていたので、自分にとっては別に要らないような気がしたし、自分も場の雰囲気を気にして、石については「そうそう、HP読者へのお土産だよ」とだけ言って、溺死しかけたことはあえて話さなかった。

 …10分後、みんなで浜辺を後にした。


◆        ◆        ◆


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ぐったりと疲れ、健康ランド「太陽の里」へ。
(健康どころか、死にかけてますから!)

 その後いくつか寄った後、関東ではCMもやっている健康ランド「太陽の里」へ。
 海水浴の段階でもう既にぐったりと疲れていたので、その能天気な施設名に突っ込むことナシに、早々に温泉へ。
 暮れなずむ空を眺めながら露天岩風呂に入ると、気持ちいい…!

 そして闘う相手は選ばなければな…と海よりも深く反省した。


◆        ◆        ◆


 温泉から上がると、酒の席となった。

 もうこれ以上語ることなどないのであるが、同僚のみんなは日頃の職務の苦労に乾杯していたが、自分はただ密かに、この世に生き残れたことに乾杯していた。

 最高の酒だった。



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