大都会にハクビシン、電線を渡るも…


2011年9月24日の日記です。

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家の近くを3匹のハクビシンが
電線渡りをしていた。

 昨日は家を目指して夜道を歩いて近所まで来たところ、頭上に異様な“気配”を感じ、上を見てみると黒い影が電線を伝って動いていた。

 「ハクビシン」だ。
 東京都庁から3キロしか離れていないここ東京・杉並区にも、ハクビシンがいるのである…。

 まあ実のところは、昨年からこの電線上ではハクビシンを確認しているが、すぐにいなくなってよく分からなかったが、今回はモロに確認することとなった…しかも3匹!

 都内にハクビシンがいるのも電線を渡るのもTVなどで知っていたが、生でジックリ見るのは初めてだ。

 写真や動画を撮るため、いつも持っているカメラを慌てて構えつつ観察してみると、3匹はまだ小さく、“子ども”のようで、キレイに並んで向こうの家まで、電線を伝って移動する最中だったようだ。



[動画] ハクビシンの電線渡り
(45秒・音なし)
再生されない場合はAdobe Flash Playerインストールやプラグイン追加をしてみて。


 敏捷なネコでも出来ない電線渡りとは流石なのだが、このように大変器用に尻尾を使ってバランスを取り、電線をスイスイ渡っていく……とまではいかなかったようだ。

 中には“できない子”もいるようで、その辺は人間と同じなようだ。

 一番後ろのハクビシンの子が上手く歩けず、何度も足を滑らせて、前の2匹と大きく距離をあけられてしまった。


◆        ◆        ◆


HAKUBISIN1109-2
上手く渡れず、立ち往生して孤立。
ついにキューキュー鳴き始めた。
果たしてどうなってしまうのか?

 そしてついには立ち往生、“助けて”とばかりにか細い声でキューキュー鳴き始めたのだが、前の2匹が戻ってくることは、一切なかった。

 仲間から見捨てられ、電線が風に揺らされて今にも落ちそうで、下からはカメラのフラッシュを焚かれる……自然とはかくも残酷なのか!

 このハクビシンの子は一体どうなってしまうのか!?


◆        ◆        ◆


 とりあえず落ちてきたら一瞬だけ手で受け止めて、そのままパッと路上に放り出そう(※長く持つと噛みよるので)と思って、真下で蚊に刺されながら待っていたら、ハクビシンの子はついに進むのをあきらめ、元来たところへ電線を逆戻りした。

 それでどうするんだろうと思って見ていたら、ハクビシンの子は大きく迂回して、向こう側の“太めの電線”に乗り換えてスイスイ渡り切り、前の2匹を追いかけて行ったのだった。

<~Fin~>
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朝から死にかけた ~蕎麦アレルギー~

2011年4月21日の日記です。

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カップルの楽しい画像です。
(楽しいのでクリックで拡大しません)

 昨日は朝食を外でとった。
 食べるつもりはなかったのだが、急にお腹が空いてきて、仕事前に駅前の蕎麦屋に入った。

 蕎麦はすぐに運ばれてくるので、有り難い。
 しかし食べ始てしばらくして、ヒリヒリというか、“ピリピリッ” と喉元を痛みが走った。

 その時、自分は 「しまった!!」 と言葉には出さなかったが、叫んだ。

 自分は 「ちょっと体調が悪いみたい。大盛りにしたのにゴメンね」 と謝ると、そのまま250メートル先の病院へ。

 救急車より、ずっと速い。

 そして歩きながらもiPhone4でネットにつなぎ、「アナフィラキシーショック 蕎麦アレルギー」 と検索し、症状や対処法を食い入るように、見る。

 そう、自分は “蕎麦アレルギー” なのだ…いや、つい最近、なったのだ!


◆        ◆        ◆


 例の原発爆発で、1ヶ月前に実家に帰らされていた時、家の蕎麦を食べ、さらに蕎麦湯を飲んだところで、喉元がピリピリ痛んだのだ。

 自分はこの症状をよく知っていた。
 食物アレルギー症状で、最初に出る症状なのだ。

 20歳を越えてからも、いくつかアレルギー症状が起き、それ以降食べられなくなったものも多い。

 そして1ヶ月前、この “蕎麦” も食べられないものに変わってしまったのだ。

 ただそうなったのがつい最近過ぎて、それまで蕎麦を食べ続けてきた習慣から、うっかり食べてしまったというのである!


◆        ◆        ◆


 何ということだ、ナッツ類とともに蕎麦は “劇症化” しやすいという。
 最悪のシナリオは、「気道が塞がって窒息死する」 か、「血圧が降下してショック症状に陥る」 である。

 いずれに転んでも命は助からないし、血圧なんて、元からたったの 「上87-下42」 なので、「0」 になるのもさぞかし早かろう。

 自分はiPhone4を落としそうになりながらも坂を上りきり、ものの数分でその先の病院へ辿り着いた。


◆        ◆        ◆


 するとどうしたことか、喉元のピリピリは収まり、何かスッキリしているではないか!
 治ったか!?

 いやいや、実はここからが勝負なのである。

 さっき食べた蕎麦はまだ消化していない…消化吸収するには30分かかる。
 真のアナフィラキシーショック症状は、この吸収段階に起きる。

 だから30分の間に、そういった恐るべきことが起きる可能性がまだ残っているのだ!


◆        ◆        ◆


 とりあえず自分は病院の広々とした待合室に入り、ここで30分待機することにした。
 ここなら僅かな予兆でも起きたら、スグに医師にかかれる。

 自分は部屋の隅でiPhone4で電話をかける振りをして、そのまま30分、直立不動で待機することにした。

 5分…10分はすぐだったが10分台は長かった。
 手元に軽く汗がにじんできたが、これは症状とは違う。

 そして20分経った、あと10分…!
 いや別に、あと10分だからもう少しとは思えない。
 最後に急変なんていうのもよくあることだ。

 とにかく耐えてくれ、負けないでくれ!!


◆        ◆        ◆


 …ついに30分、何も起きなかった。

 最初の蕎麦を消化吸収し終わった時間だから、この時点で何も起きなければもう、この後も大丈夫ということだ。

 自分は、やった、助かった…とその場に崩れ落ちた。
 そして待合室の人がギョッとした。

 ここは病院だから、調子の悪い人間はいっぱいいる。
 自分がしゃがみこんだのを入り際に見たオバサンが 「ちょっと大丈夫?」 と聞いてきた。

 “別に何でもありません” というのも何か冷たいような気がするので、適当につくろった。


自分:「子供の頃から貧血で倒れたりするんです…」 (※生まれて1回も貧血になった事ないがな!)

オバサン:「最近の子は朝食べないから…朝食をしっかり摂らないと」

自分:「いい事を聞きました、ありがとうございます!」 (※食べ損なったがな!)



 そんなACのような心温まる会話とあいさつをした後、自分は外に出た。


◆        ◆        ◆


 結局のところ、アナフィラキシーショックは、“入り口の段階で収まった” ようだ。

 といのも、どうやら食べ始めだったから、大した摂取量じゃなかった上、あの店、肝心の蕎麦粉の含有率がとても低かったようだ。

 これが50%以上入っていたり、10割蕎麦など出す “こだわりの店” だったら、本当にヤバイ事になっていたかも知れない。

 全く……何が幸いするか分からない。

 とまあ、朝からこんなピンチに見舞われ、夕方仕事が終わった時には、神経をすり減らしすぎてすり切ってしまい、グッタリして別の意味で死にそうだった。

 全く、こんな間抜けなことをするのなら、もはやのんびり構えていられない。
 近日中に、病院で検査して、食物アレルギーを全部洗い出すしかない。


◆        ◆        ◆


 今まで ①:高波に叩きつけられたり ②:爆弾低気圧に一人だけ巻き込まれたり 、いろんなパターンで死にかけているのだが、今回の相手は自分自身とあって、非常に戦いにくく、苦労した。

 ああ、それにしても、あんなに大好きだった蕎麦が、もう一生食べられないのか…。

 380円がパーになったよりは、年をとるごとに食べれられるモノが減ることの悲しみの方がはるかに大きかった。

 コレはもう運命だからしょうがないのだけど、でもしかし……、当分は 「小麦」 だけは勘弁して欲しい。

 ラーメン記事が書けなくなってしまう!

東日本大震災で消えた卒業式


2011年3月26日の日記です。

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左:東日本大震災の影響で卒業式は中止。
学位の配布のみが行われた。
右:これまで何度説明しても 「芸名ですか?」
と聞かれ続けるのだが、一応 “本名” です。

(クリックで拡大)

 昨日は大学の卒業式のはずだったが、東日本大震災によって、中止になってしまった。

 もはや出慣れてしまった自分は全然構わないが、この日を楽しみにしていた他の方々のことを思うと、不憫でならない。

 しかしこればかりは残念だが仕方ない。
 先日の九段会館の例もあるし、まだ大きな余震が来る可能性がある状態で式典を挙行するリスクは、非常に大きい。

 実際、壊れかかった建物が、余震の駄目押しで倒壊した例も多いのだ。


◆        ◆        ◆


 ということで、昨日は卒業式はなく、「学位記」(卒業証書) の配布の日となり、ただ取りに行って帰るだけの少々寂しいものとなってしまった。

 ただこんな中でも、特に女子は一応晴れの日ということで袴で着飾っていて、それを見ると少し気が重くなった。

 ただ自分自身は普段着で寄って、サラッとドライにもらってきた。
 自分も商品の納品のついでだったし、式典がなくなったんだからまあ “おあいこ” かな…と。


◆        ◆        ◆


 ついでに卒業証明書と成績証明書も機械だが、発行してもらってきた。

 成績は、2年間で、「優×21」 「良×7」 「可×1」 だった。
 TV番組で忙しかったのを割り引けば、さほど悪くないと思う。

 なお、「学位記」 の受け取り場所がまさかの “プレハブ建物” なのは、東日本大震災とは全く関係ございません。


◆        ◆        ◆


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店頭ディスプレイなどは、全部消えている。
(クリックで拡大)

 さて、その後すぐに秋葉原へ行き、早々に納品を済ませた。

 その帰りに街を見ると、街頭ビジョンはもちろん、店頭の宣伝ディスプレイも消え、これが秋葉原か…と思った。

 ディスプレイやさまざまな電気装飾の恩恵はかなり大きかったようで、それを失った途端、どこにでもある街のように見えたのだ。
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